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広島高等裁判所 昭和25年(う)295号 判決

控訴人 被告人 池田虎雄

弁護人 本間大吉

検察官 円藤正秀関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人本間大吉提出の控訴趣意は末尾添付の別紙書面記載の通りである。

第一原判決は判決に影響を及ぼすべき訴訟手続上の違法があるというのであるが、本件記録を精査するに、

(一)  被告人に対しなされた昭和二十四年十月十一日の勾留処分の期間は同月三十日迄延長せられ、同人に対する同日附の起訴状には山口地方裁判所船木支部の同月三十一日附受付印が押されていることは所論の通りであるが、起訴状が事実上何月何日に裁判所に提出されたかは起訴状のみに限らず、他の資料に基き判断するも何等妨げない。而して、昭和二十五年五月十日附山口地方裁判所船木支部の第三一〇号書面によれば被告人に対する強盗傷害、恐喝被告事件につき同裁判所が検察庁より右起訴状を受理したのは昭和二十四年十月三十日で右は同庁の執務時間外において宿直によつてなされたことが認められる。然して裁判所がその執務時間外に於て宿直により書類を受理することは何等違法ではないから、本件公訴は昭和二十四年十月三十日提起されたものというべきである。従つて同月三十一日以降の勾留は適法であり、同勾留中の被告人の供述を証拠に援用するも何等採証の法則に違背するものではない。論旨は理由がない。

(二)  原審裁判所が検事の請求により小島統吾、加藤哲及高橋正卓を証人として取調べる旨決定したのであるが其後請求人たる検事より右証人取調の請求を抛棄したためこれが取調べをなさず、又右決定の取消をなさざるまま結審したこと所論の通りであるが右の如き請求人より請求の抛棄があつた場合先きになしたる決定の取消がなされることは通例ではあるが、これがなされなくとも訴訟手続上違法とはいえない。何となれば請求はその抛棄により請求のなされなかつた状態にかえるのであるから決定の効力も又自然消滅するものと解する。又右決定取消の有無は判決に影響を及ぼすものともいえないから論旨は理由がない。

(三)  昭和二十四年十一月十五日附起訴状第四の(二)には「被告人は外二名と共謀の上厚狭駅待合室に居た高橋正卓を外に呼出し同人が被告人等の言動から要求を拒めば如何なる危害を加えられるかも知れないと畏怖せるに乗じ金を貸せと強要し即時同人から金三百円を交付せしめて之を喝取したものである」と記載されて恐喝罪としての犯罪構成要件は明瞭に表示されており起訴状の要件は具体されており違法ではない。従つて原審の訴訟手続には何等所論の如き違法はない。論旨は理由がない。

仍て刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 横山正忠 判事 秋元勇一郎 判事 高橋英明)

控訴趣意書

第一原審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続上の違法が存する。

(一) 被告人は昭和二十四年十月十一日勾留せられその後勾留期間が同月三十日迄延長になつたので被告人を勾留のまゝ起訴するとせば同月三十日迄に起訴せられ且起訴状が裁判所に到達しなければならぬ。然るに右起訴状日附は同月三十日附になつて居るが裁判所に於て受理したのは同月三十一日であり且身柄勾留のまゝ起訴せられて居る(記録第三丁第一八六丁)。之は明らかに刑事訴訟法第二〇八条に違反し同月三十一日以降の勾留は不当勾留になるのであるからして斯る不当勾留中の被告人の供述は採つて以つて有罪の証拠とすべからざるに拘らず原審判決は不当勾留中の公判廷に於ける供述を証拠に採用して居るので採証の法則に反した違法あり且その供述内容が被告人に不利益をもたらすものであるから明らかに判決に影響を及ぼすものと思料す。

(二) 原審裁判所は第一回公判に於て検事の申請により本件起訴事実の被害者である小島統吾、加藤哲及高橋正卓を証人として採用取調べる旨決定を宜したのであるが次回公判に於て同証人等が不出頭であつたため、検事は該証人の取調請求を抛棄する旨意思表示を行つた。従つて裁判所としては右検事の申出に対し弁護人並被告人の意見をきいた上先に決定した証人の証拠調べに付証人調をなすや或は先の決定を取り消し証人調をしないことにするか何分の決定がなさるべきに拘らず、裁判所は何等決定することなく前記証人調をしないままに結審して居る(第一回第二回公判調書)。

維うに裁判所が一旦証人として採用し証拠調をなす旨決定した以上は仮令その後に於て該証拠申請したものに於て之を抛棄する旨申出があつたとしても、直ちに之を以て先の決定が取消されたことにはならないのであるから裁判所としては先になした決定を取消す旨の決定なき限りは之が証拠調をなさなければならぬ。

原審裁判所がこと茲に出でずして結審したことは訴訟手続に違反したものと謂うべく、且右証人調は被告人に於て事実を争うて居る事件の被害者であるからして之に対し直接訊問の機会を失はしめたことになり、延いては判決に影響を及ぼすべきことは亦明らかのものがあると謂わねばならない。

(三) 被告人に対する昭和二十四年十一月十五日附起訴状第四の(二)事実に於て被告人等の行為として記載せられて居るものは被告人は外二名と共謀の上厚狭待合室に居た高橋正卓を外に呼出し金を貸せと強要し即時同人から金三百円を交付せしめたと謂うにあつて何人が強要せるや、又恐喝手段としての暴行脅迫に付ては何等明示なく且被害者の金員交付が被告人等の所為に畏怖して交付せるものなりや将又他の原因によるものなりや判明しない。

只金員を強要せられて之を交付したと謂う丈ではいまだ以て恐喝罪の構成要件を充足して居ないものと謂はなければならぬ。然らば該起訴状は恐喝罪の構成要件を充足しない罪とならざるものを犯罪事実として起訴したものであるから原審判決は刑事訴訟法第三三九条により公訴棄却の決定をなすべきに拘らず之に対し有罪認定したことは違法である。その違法が判決に影響を及ぼすことは論を俟たないところである。

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